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カンボジアの総選挙について何が問題になっているかわかりやすく解説して下さい



7月29日に行われた総選挙で、フン・セン首相率いる与党が125議席すべてを獲得したとする公式結果を発表しました。

今回はカンボジアで行われた総選挙について、何が問題で批判されているのかをわかりやすく解説して行きます。

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まずはカンボジアの位置を地図で確認しましょう。
東南アジアのインドシナ半島南部に位置している国ですね。

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カンボジアと言えばやはりこの人物が有名です。
ポル・ポトです。

実はフン・セン首相とポル・ポトは今回のニュースに大いに関係してきますので、ちょっと歴史から話をして行きます。

時代は1970年頃まで遡ります。
ベトナム、タイ、ラオス、カンボジアがある国は別名で「インドシナ半島」と言います。

インドシナ半島は第二次世界大戦が終わりフランスの植民地から解放されます。しかし、再びフランスが植民地にしようとしました。

これがベトナム戦争のきっかけです。

この植民地化に対して抵抗したのが、北ベトナムです。

そこでフランスは南ベトナムに傀儡国家(かいらいこっか)を作りました。

傀儡国家と言うのは、名目上は独立しているんですが、実態は事実上の支配者(この場合はフランスです)によって国が管理・統制・指揮されている事です。

北ベトナムは共産主義を主張してフランスから独立したい。一方の南ベトナムはフランスの傀儡国家。

そして北ベトナムの共産主義を支援したのが、当時同じ共産主義を行なっていたソ連。

これに対して共産主義がインドシナ半島全域に及ぶのを恐れて南ベトナムを支援した国がアメリカだったのです。

このような経緯で北ベトナム(ソ連)と南ベトナム(アメリカ)でベトナム戦争が行われたのです。

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ではその頃、ベトナムのお隣にあるカンボジアはどんなだったかと言いますと、ベトナム戦争に間接的に関わってしまうのでした。

第二次世界大戦後にカンボジアも同じようにフランスに植民地化されそうになるのですが、1956年にシアヌークと言う人物が独立を果たしていました。

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シアヌークはベトナム戦争が行われた当時、北ベトナムに味方します。北ベトナムへ武器や食料などを運ぶ際に、「ウチの国を通ってもええよ。」としたのです。

しかし、シアヌークが外遊中にロン・ノル将軍にクーデターを起こされて追放されてしまいます。

今度はカンボジアで「親米派(アメリカ寄り)」のロン・ノル将軍が政権を奪いました。

シアヌークはロン・ノル将軍を倒す為に軍隊を編成して協力者を募りました。
北ベトナム軍、そしてポル・ポトを筆頭にするクメールルージュです。

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クメールルージュと言うのは「赤いクメールの人達」と言いまして、北ベトナムと同じく共産主義を掲げていたカンボジアの武装組織です。

ロン・ノル将軍は次第に追い詰められて、カンボジア国内にいるシアヌーク軍や北ベトナム軍、クメールルージュを倒す為に自分の国にアメリカの空爆を要請しました。

これによって30万人ものカンボジア国民が亡くなったと言われています。

しかし、クメールルージュやシアヌークも生きていて壊滅する事ができませんでした。

そしてベトナム戦争の終了後、1975年にカンボジアのロン・ノル政権を奪い返す事に成功するのです。
(ロン・ノル将軍はインドネシアに亡命しちゃいます。)

さて、カンボジアを奪還しましたが、もうこの時に政権を奪った中心人物はシアヌークではなく、ポル・ポトになっていました。

そして1976年にポル・ポト政権がカンボジアに登場したのです。

ポル・ポトが政権を握りますと「原始共産主義」と言う、世にも恐ろしい政治形態を始めました。

原始共産主義というのは原始時代に戻って、あの頃のように生きようとする事です。学問・技術・宗教といった、人類の文化を全て否定して生活するのです。

そして大虐殺が行われたのです。

教師や医者と言った知識人や役人だけでなく、字を書ける人、メガネをかけている人など全て強制労働をさせたり抹殺してしまいました。

当然、カンボジアでは医療も学問もなくなってしまいました。虐殺した数はよくわかってませんが、80万人〜300万人とも言われています。

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では冒頭に出てきたフン・セン首相は何者なのか?と言いますと、もともとはクメールルージュの部隊にいた指揮官でした。(階級はあんまり高くない)

しかしポル・ポトが政権を握り虐殺を行っていた事で嫌気がさしてクメールルージュから離脱してベトナムに亡命をします。

ポル・ポト政権は長くは続かず、1979年にベトナム軍の侵攻によって崩壊し、ベトナムの後ろ盾によってカンボジアに新たな「人民革命党」が作られます。

その外務大臣に選ばれたのがフン・セン氏ですが、あっという間にカンボジアの首相にまで上り詰めました。

人民革命党は「人民党」と言う名前に変わり、その後30年間カンボジアの首相をフン・セン氏が務めているのです。

日本では首相がコロコロ変わりますが、フン・セン氏は30年も首相でよっぽど人気があるんだな、と思うかもしれませんが、実はそうではなかったりするのです。

30年間変わらないと言うのは、言い換えれば30年間も首相の座から降りないと言えます。
その為、独裁的と批判されているのです。

またフン・セン政権は特に中国依存です。
以前はアメリカに依存していたのですが、方向転換を行い今では中国にどっぷり浸かっています。

どのぐらい浸かっているかとカンボジアの街並が中国っぽくなるくらいです。(看板とかが中国語だったりします。)

フン・セン政権の政治家は中国から多額の賄賂や接待を受けていると言われています。

例えば何かのプロジェクト事業を国内で行いたくて海外の企業から選ぶとします。

すると中国はプロジェクトの核となる人物に賄賂や接待をして、中国企業を選んで貰うようにします。
カンボジアの一部の政治家(富裕層)と中国でwin winの関係って言うわけですね。

この影響を受けているのが国民です。安い賃金で働いたり、いつまでたっても貧困から抜け出せない状況が続いているわけですね。

フン・セン政権が独裁的と批判されているのはこう言った事からですね。

で、今回7月29日に行われたカンボジアの総選挙ですが、125議席全てが与党(フン・セン首相が所属する人民党の事です。)が埋めるという異常な状態となりました。

普通は全ての議席が一つの党で埋まるという事はなかなかありません。日本だって自民党やら社会党やらいろんな党で議席が埋まっています。(もちろん人気の党が議席を多く占めていますが。)

カンボジアには日本と同じく野党が存在しているのですが、全く議席を取れませんでした。

これでは野党がいなくなり、与党の独断的な政治となってしまいます。

これが問題となっているわけです。

野党側はこのような状況下になってしまっている事を世界にうったえています。

これが今回のニュースですね。
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大佐
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2018/08/20(月) | 国際事情のお話 | トラックバック(0) | コメント(0)

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