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イランの核合意とトランプ大統領(アメリカ)の懸念についてわかりやすく解説してください



欧州連合(EU)主要国がトランプ米大統領へ2015年に結んだイランの核合意への支持を再度明言する事がニュースとなっています。

今回はこのニュースをわかりやすく解説していこうと思います。



2015年に起きたイランの核合意とは何か?ということですが、これについては少し歴史を辿りながら見ていきましょう。

イランの各問題が大きく問題になったのは2002年の事です。イランに反対する組織やアメリカの諜報部がイランが秘密の核施設を作っているのを見つけました。

この事を公の場でイランに指摘した所、核兵器の為に作ったわけではなく、原子力発電の為にウラン濃縮をしているんだと回答しました。

ウラン濃縮というのは各燃料を取り出す工程ですね。

ウランにはウラン238とかいろんなものが含まれているのですが、このうち核分裂を起こすウランがウラン235です。

その為にウラン235を必要に応じた濃度まで高めなくてはいけないのです。これは核を作る為でも原子力発電に使う為でも同じような工程が必要なのです。

イランはあくまでも平和利用の為に使うと言ったわけですね。ですが、イランはご存知の通り原油が出ますからワザワザ原子力発電を作るのは怪しいですよね?

それにイランは周辺諸国と非常に仲が悪いので、核兵器の為に核を作っているんじゃないか?と予測したわけです。

そこで最終的に国連安全保障理事会(いろんな国の人が集まって世界の平和について話し合いをする組織)に話を持っていき、このような結論になりました。

「いや、平和利用って絶対ウソやん。核兵器を作る為やん。」

そこでイランに対して経済制裁を行う事になったのです。

経済制裁というのは経済制裁に賛成した国同士が約束して、対象の国と貿易をしないようにしたり、銀行を凍結させてお金のやり取りなどができないようにして、村八分にしちゃう事です。

この経済制裁によってイランに大きな経済的損失を与えます。特に原油が国の主な収入源ですから、誰も原油を買ってくれなかったので、一気に貧困が増えたのです。

そこでイランはウランの濃縮やめるから経済制裁解除して・・ということになり、条件付きで経済制裁が解除となったのです。

これが2015年に起きたイランの核合意です。

核合意の内容はウラン濃縮をする活動を縮小したり、濃縮ウランの保有量を15年間で300キログラム以下に制限したりします。

またイランが違反した場合は65日以内に制裁が戻される措置も盛り込まれています。

さあ、これでよかったよかったとなったわけです。



が、この時は2015年。アメリカはオバマ政権下時代です。時代はトランプ政権に変わりました。

トランプ大統領は選挙に出馬した時からイランの核合意には反対していました。

この時の演説では「私が当選したら、最初の仕事はイランの核合意を棄却する」と言っていました。

なぜこんなに否定しているのでしょうか?

実はアメリカはイランをこのように見ています。

「世界最大のテロ支援国家」

アメリカではイランが様々な武装勢力に資金を提供しており、その武装勢力がアメリカなどへテロを行っていると指摘しているのです。

またイランの核合意は、核はダメですが弾道ミサイルは開発してもOKとなっているので、このようなミサイル開発などが中東地域の不安定化を加速させているとみられています。

ですから経済制裁を解除してしまうと、せっかく経済制裁で崩壊しかけていたのに武装勢力の資金提供が復活してしまう可能性があります。

それにそもそもミサイル開発はOKな核合意は穴だらけだし、核合意の期限が設けてあるなら再び核開発に踏み切るんじゃないか?

と懸念しているのです。

そこでアメリカは期限などを撤廃したり、ミサイル開発もダメだよ!という内容の新しい核合意書にイランがサインして貰うよう求めているのです。

ただ、フランスやドイツなどEU側では「イランは核合意を守っているね!」寄りでイランの核合意を尊重しています。

そんな中、先日イランとの核協議に参加した国のフランスのルドリアン外務大臣とイランのザリーフ外務大臣が会談しました。

ルドリアン外務大臣は、「核は作ってはないと思ってるけど、おたくのミサイル開発がいろんな国で心配のタネになってるんだよねー。」

と言い、これに対してザリーフ外務大臣は「いやミサイル開発は核合意とは関係ないし。イランが核合意を守っていることは国際機関も認めているじゃないか。」
と強い不快感を示して話し合いが終わりました。

アメリカは新しい核合意文章がイランに受け入れられなければ合意から離脱する事を示しています。

一方、イランは核合意の修正は一切認めないと示していて険悪なわけです。

そこでイランの核合意を尊重しているEU側は「まあイランは核合意守って頑張ってるよ」という事で修正案とかしないで、今の核合意書をアメリカに認めてもらうように働きかけているのです。

今回はこのような事がニュースとなっているのですね。
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2018/03/08(木) | 宗教・戦争のお話 | トラックバック(0) | コメント(2)

トランプ大統領のNPR(核兵器戦略の見直し)指針ついての考え方をわかりやすく解説して下さい



トランプ大統領が核体制の見直しを発表しました。
今回はこのニュースをわかりやすく解説したいと思います。



世界で一番核兵器を保有している国はロシアです。
その数は7300発です。続いてアメリカが6970発です。そしてフランス、中国、イギリスと続きます。

北朝鮮は第9位で10発未満(といわれています。)です。世界中の核兵器を集めますと15300発以上にもなります。

核兵器はその時代背景によって保有する数が違ってきます。
例えばアメリカとロシアが大きく対立していた冷戦時代は、アメリカは最高で31000発、ロシアは45000発もの核兵器を持っていました。

ではオバマ政権下は核兵器に対してどのような考え方だったでしょうか?

オバマ大統領と言えば2016年の5月27日に現職として初めて広島に訪れ原爆死没者慰霊碑で献花した後に演説した事がニュースとなりましたね。

オバマ大統領は核兵器に対してこのような発言をしていました。

「平和で安全な核兵器なき世界を追求する」

これは2009年4月にアメリカとEUの首脳会議でチェコに行った際に、核兵器を唯一実戦で使用した国の代表として発言しました。(プラハ演説と言っています。)

また、2010年4月にはアメリカ、ロシアの戦略的核兵器削減条約にも調印(国が作成した公文書に署名すること)しています。



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核兵器に対しては時代背景に合わせて今後どのようにしていこうかという戦略を立てています。今後5〜10年後の戦略核兵器の見直しをする事をNPR(Nuclear Posture Review)といいます。

オバマ政権下時代だった2010年のNPRは次の様なものでした。

●核の拡散と核によるテロの防止
核兵器が世界中で使われたり持ったりしないように監視していきます。また核兵器を自国が持つ事でテロを抑止していきます。

●核戦略と核兵器の役割を減少
核兵器を持っていない国に対しては核兵器を使用したり、「核兵器を持っているぞ!」と脅したりしません。持ってる国と戦争になった場合でもむやみに核兵器を使用したりしません。

●安全で安定的、効果的な核保有の維持
核実験や新しい核弾頭(ミサイルの部分ではなく、ミサイルに積まれている核の部分)は開発しません。核兵器を作る場合は過去のデータを用いて作ります。

など

核兵器を持っている国ですから、なんか無理があるような・・と思う方もいるかもしれませんが、とにかくオバマ政権下では核兵器は減らすような雰囲気は見て取れるかと思います。

ではトランプ大統領の今回の新NPRを見て見ましょう。

トランプ大統領は就任演説でこのような発言をしていました。
「力による平和」

つまり一国が強力なパワーを持って平和を維持していく考えです。最近の背景では特に北朝鮮とアメリカの緊張が続いています。北朝鮮の背後にはロシアもいますよね。

北朝鮮はオバマ政権下時代に核兵器を保持してしまいました。またイランの核開発も問題になっており、核兵器の脅威は事実として広がっています。

今回のNPRはこんな感じです。

●核兵器の使用は核兵器以外の攻撃でも使用します。
●潜水艦に搭載できる小型の核ミサイルを開発に取り組みます。
●ピンポイントで攻撃を与えられる程爆発力のある小型核の導入

オバマ政権下とは明らかに違っていますね。
特に『開発』という文字がキーワードです。削減方向にはちょっと向かっているようには見えないですよね。

アメリカは核兵器の使用は極限状況に限るとしており、国防副長官のシャナハン氏も核兵器を使用したいわけではないと述べています。

今回はこのような事がニュースとなっているのですね。
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2018/02/05(月) | 宗教・戦争のお話 | トラックバック(0) | コメント(0)

イラク政府とクルド人が対立している理由をわかりやすく解説して下さい。



イラク政府とクルド人の対立がここ最近ニュースとして取り上げられています。
今回はこのニュースをわかりやすく解説したいと思います。



まず、クルド人という民族はそもそもどういう民族なのでしょうか?

クルド人は第一次世界大戦が起きるまでは、オスマン帝国という国の中で住んでいました。
クルディスタントと呼ばれる先住民族です。

今現在はイラン、イラク、シリア、トルコ、アルメニアという国がありますが、昔はオスマン帝国という国があったのですね。

第一次世界大戦後、このオスマン帝国が滅んで今のようなイラクやトルコといった国々が独立して自分達の国を作り国境を引きます。
(実はこの話は詳しく話しますとイギリスやらフランスやらロシアやらアラブ人やらが出て来て、めちゃくちゃ複雑なので省略します。)

クルド人はというともともとオスマン帝国という一つの国の中にいたのですが、それぞれの国が独立して勝手に国境を引いたものですからバラバラに引き裂かれてしまうのです。



この時点でクルド人達は自分の国というものがなくなってしまいました。

クルド人はよく少数民族と言われます。

実はクルド人の人口は全体で3000万人ほどいると言われているのですが、イラクやシリア、トルコといった国単位で見ますと人口は少なく見えてしまい、それが少数民族と言われるゆえんです。

時代は進み、1980年に変わります。
1980年にイラクのサダム・フセイン大統領が就任して直ぐにイラン・イラク戦争が起こります。

この時、イラクに住んでいたクルド人はイラン側に付きます。そして戦争が終結した1988年イラン側についたクルド人はイラク軍によって弾圧され毒ガスなどによって多数殺されました。

またまた時代が進みます。
1991年、アメリカとイラクの湾岸戦争が勃発しました。

アメリカはクルド人に「クルドの独立を支援するからイラクを倒そうぜ!」とクルド人をイラク軍と戦わせます。しかしクルド人はイラク軍によって壊滅されてしまいます。クルド人に大量の難民が出ます。

2003年になりますと大量破壊兵器があるとの事でアメリカとイラクで今度はイラク戦争が起こります。これによりようやくイラクが倒れフセイン政権が倒されます。

イラクに住んでいたクルド人は今までイラクと戦って来たという事でイラクの一部の中に『クルド人自治区』というクルド人の住める場所が認められました。



ようやく安住の地をクルド人が手に入れられた・・というわけではありません。ここからイラク政府とクルド人が対立している話になります。

イラクはフセイン政権は倒れましたが、それに変わって新しく新イラク政府が出来上がりました。
クルド人はクルド人で『自治区』ではなくクルディスタントという独立国を作りたいのでした。

そんな折、新しい敵が現れます。
みなさんもご存知のISIS(イスラム国)です。

ISISは豊富な資金源と兵力で次々に勢力を広げていきイラクやクルド人自治区にも攻撃をし始めました。

このままではISISに占領されてしまう・・。
イラク政府とクルド人は戦います。

両者はアメリカからの支援を受けていましたが、イラク政府軍はなんとISISに負けて逃げてしまいます。イラク政府軍弱し・・・。

ですがクルド人は自分達の自治区を守るため、そして今後の独立の資金源となるキルクークの近郊にある大油田地帯を守るために戦います。

この大油田地帯はイラク全体の石油輸出量の半分を占めるという超重要な油田です。

クルド人自治区というのは、この油田によって凄く栄えており、大きなビル群がたくさんあります。
(第二のドバイとも呼ばれたりします。)

これらをISISに取られまいと戦い、そしてついにやっつけてしまうわけです。

さあ、クルド人はこの守った油田を実質管理するようになり、敵がいなくなった今こそクルド人の夢、クルディスタントという独立国を作るぞー!となったのです。

はい、イラク政府にとっては重要な油田が取られてしまいますし自分達の国の一部がクルド人のものとなってしまいます。

クルド人は独立したい!
イラク政府はクルド人の独立はさせない!

と、こういう対立をイラク政府とクルド人はしているわけです。

今回はこのようなことがニュースとなっているのですね。

(今回はこれでもかなり端折りましたが、本当はもっともっと複雑な話が絡んで来ます。一冊の本になってしまうくらいです。中東というのは複雑なんですw)
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2017/11/01(水) | 宗教・戦争のお話 | トラックバック(0) | コメント(0)

バーミヤン遺跡の歴史と誰になぜ破壊されたのですか?わかりやすく解説して下さい



バーミヤン遺跡の大仏を復元をしようというシンポジウムが都内で開かれた事がニュースとなっています。
今回はこのニュースをわかりやすく解説したいと思います。



まずバーミヤン遺跡が何処にあるかを確認しましょう。バーミヤン遺跡はアフガニスタンの首都カブールから230キロほど行った山岳地帯にあります。

バーミヤンは『光り輝く土地』を意味していまして、この土地にはバーミヤン、フォーラーディー、カクラクという3つの谷があり、これらの地域を総称としてバーミヤン地域と呼んでいます。



バーミヤンの見どころは何と言っても石窟です。
石を削って作られた石窟寺院や大仏などですが、1世紀頃から石窟寺院が徐々に作られて行きました。

いつからこの地域で仏教が広まっていったかは不明ですが、5世紀から8世紀にかけては巨大な仏像が作られたり壁画が描かれて、バーミヤン地域は大いに繁栄して行きました。

現在残されている1番正確な情報と思われるものは630年頃に唐から来た僧が書き記した『大唐西域記』にこれら仏像の大きさなどが記してあります。

そんな歴史がある過去の遺産に2001年に悲劇が起こります。

高さ55メートルの大仏(男像)と38メートルの大仏(女像)2体が爆破されてしまうのです。これだけでなく、貴重な壁画なども破壊されてしまいます。

この破壊されてしまう映像はYouTubeなどにもありますので是非見て頂きたいのですが、本当に痛ましい出来事です。

破壊したのは旧タリバン勢力の指導者などです。

タリバンとは内戦によってパキスタンに逃れた難民、パシュトゥーン人(アフガン人)が、そこで厳格なイスラム教や武器の扱い方を学び2001年11月ごろまでアフガニスタンの聖戦の為に軍事活動をした人達です。

なぜ彼らは歴史的な仏像や壁面を破壊してしまったのでしょうか?

それにはイスラム教という宗教に関係があります。
イスラム教徒は偶像崇拝を禁止しています。

偶像とは石や土といったもので具体的な物質を表したものをいい、崇拝とはあがめ敬うことを言います。

私達日本人は、神社やお寺などに行った時に仏さんに手を合わせて拝みますよね。
イスラム教はこういう行為は禁止されているのです。

イスラム教の唯一の神はアッラーです。
アッラーはすべての物を作り出した神だと言われています。
仏でさえもアッラーが作り出したものとされていますから、もし仏さんに手を合わせてしまうとアッラーも仏も同格の地位という意味になってしまいます。

ですから祈りはアッラーだけに対して行われるものであり、偶像を崇拝する行為はアッラーをけがす行為になってしまうのです。

大昔に仏教だった地域がイスラム教圏になると、こういった仏像の大体は顔を削りとられてしまいます。
偶像崇拝を禁止してますから、顔だけを削ってしまい祈っても無駄だよーとしてしまうのです。

タリバンはイスラム原理主義者です。
イスラム原理主義者はイスラム法に基づいて国家や社会を統制すべきと主張する保守的な人々ですから、顔だけを削るだけでなく爆薬を使って像を徹底的に破壊したり、壁画を消してしまったのです。

また、自分達の宗教を世の中の人に主張するためでもありました。
このような理由で破壊をしてしまったのですね。

2003年、バーミヤン遺跡はユネスコ世界遺産登録に指定されました。
破壊された後にはどのようにして復元して行くかが非公開で話し合われていましたが、今回は公開しながら話し合いが行われました。

元の場所に復元するか、破壊された大仏をそのまま残して別の場所に作るかなど意見が分かれました。

今回はこのような事がニュースとなっているのですね。
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2017/10/02(月) | 宗教・戦争のお話 | トラックバック(0) | コメント(0)

日中国交正常化45周年に至るまでの歴史についてわかりやすく解説して下さい



日中国交正常化から45年が経ち、10年ぶりに日本と中国で祝電を交わした事がニュースとなっています。
今回はこのニュースをわかりやすく解説したいと思います。



日中国交正常化とは1972年9月に、日中共同声明を発表してから日本と中国が国交を結んだ事です。

そもそも、日中国交正常化に至るまでに何があったのでしょうか?
それは日中戦争です。

日中戦争は戦線布告が行われず徐々に広まって行った戦争でした。
発端は1931年に現在の中国の東北部にある満州鉄道で事件が起こったことから始まります。

もともと満州鉄道がある土地は清(シン(中国ができる前の国))のものでした。

しかし、1894年に日本と清で日清戦争が起こり、日本が勝利して清の土地を獲得します。ところが日本の進出を良く思わないロシアがフランスとドイツに働きかけて清を返還するよう迫りました。

これを『三国干渉』といいます。

日本はこの圧力によって返還しますが、ロシア見返りとして清の土地へ鉄道を敷く権利を得てしまいます。

これが満州鉄道です。

しかしながら日本とロシアの戦い、『日露戦争』が起こります。
これで日本が勝ち1905年にポーツマス条約を結んだ際に満州鉄道の一部間(旅順~長春の間)を日本の物としました。



一部間なのでこれを『南満州鉄道』と呼んでいます。この頃の清の国力は弱体していたので、日本とロシアが勝手な事をしていても抵抗できなかったんですね。

ですがその後、清では満州民族に支配されていた漢民族による『辛亥革命』が起こり、1912年に中華民国と言う国ができます。

中華民国はこのように言います。
「清の時代にロシアと日本で勝手にしてたけど、中華民国になったんだから日本は出て行きなさいよ」と、こういう話になったのです。

1930年頃の日本は震災や経済危機もあり、そして中華民国という国の成立などでこの土地を自分の国の物としたいと思っています。

そこで1931年に満州鉄道を日本の軍隊が秘密裏に爆破をします。

日本はこう主張します。
「中国の軍隊がやったんだ!これは戦線布告だな!」

こうして日本は軍事行動を開始して行って満州国を作りあげました。

満州国には清の時代だった皇帝、溥儀(ふぎ)をトップとして置きますが(溥儀は清を復活させたかった野望があり満州国をまず清の復活の足がかりにしようと考えていました。)事実上は日本軍が支配していました。

中国は満州国なんか認めない!と、国連に訴えてこれが認められますが、国連はあまり役に立たず、日本も国連を脱退してしまいます。

こうして中国と日本が睨み合った中、さらにこんな事件が起こります。
1937年7月に北京郊外にある盧溝橋(ろこうきょう)付近で発砲事件が起こるのです。

ここは現在でも日本軍が発砲したのか、中国軍が発砲したのか論争が起こっていますが、銃の発砲が起こるのです。

とにかくこれがきっかけとなり日本と中国の戦争、日中戦争が始まって行きました。(戦前は日華事変とも呼ばれたりしていました。)



この日中戦争からさらに1939年には第二次大戦も始まってしまい、沢山の犠牲者が出たのです。

第二次大戦後、それぞれの国はもう国同士で争わないように条約を結んだりしました。

日中共同声明もその一つです。

1972年9月、時の田中角栄首相が中国から招待され、毛沢東首席をはじめ周恩来総理と会い、日本は過去に行なった重大な過ちを認め、これからは仲良くしましょうという約束をしました。

これが日中共同声明であり、ここから中国と日本の国交正常化に繋がったのです。

ただ、現在になっても日中共同声明や国交正常化をしたと言っても様々なわだかまりがあります。

やはりいくら国同士が仲良くした所で、戦争によって酷いことをされた歴史や、殺された親族などの個人の憎しみはなかなか消えるものではないですよね?

また過去の歴史が湾曲してしまったりといった事も原因となり、それらが合わさって今日の中国と日本の関係性に繋がっています。

10年ぶりに祝電を交わしたのも一時期、中国と日本の関係が悪くなってしまったからなのですが、ここ最近では以前よりは比較的に関係が改善されました。

そのような状況下で10年ぶりに日中国交正常化への祝電をしたのですね。
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2017/09/30(土) | 宗教・戦争のお話 | トラックバック(0) | コメント(0)

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